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ユーリは昨日女と別れた場所に力無く横になっていた。
手には林檎飴。
もう陽も昇る時間。
昨晩の祭で夜通し踊っていた一部の大人たちが踊り疲れてばたばたとその辺に倒れている。
「…ユーリ」
帰らないユーリを心配して捜しにきたフレンはまさかと思い昨日別れた場所に来てみたら
ユーリがそこに横たわっていた。
ユーリはその目をゆっくりフレンに向ける。
食べ物を持って、昨日自分といた場所に一晩中いたユーリにフレンは切なくなる。
「…ユーリ、風邪ひくよ」
こんなところでなにしてたんだ?とその体を起こしてやる。
「…遅ぇ…やっと来た」
ユーリはフレンに飴を差し出す。
「ん」
「?くれるの?」
フレンはきょとんとしながらそれを見詰める。
「お前が買ってこいっつったんだろ」
「……い、言ってないよ、僕昨日はずっと騎士団に…」
ユーリは何も言わずにふらふらとフレンに手を伸ばした。
「俺はフラれたんですか」
フレンの言葉は無視して話を進める。
ガラスの靴を落として行ったわけではないから確証はない。
ただ、感じた。
この女はフレンだと。
「お前は俺を好きだって言ってくれたんじゃなかったのか?」
ユーリの指はフレンの頬を撫でる。
「………」
ユーリは全て気付いている。
フレンは深呼吸してユーリを見る。
「…好きだよ。」
「昨日の格好は?」
「魔女に…魔法を…」
「………」
なんとファンタジーな理由だ。
そんな理由思い付くか。
さすが期待を裏切らないフレンだ。
ユーリは、ハハッと笑いながらフレンを抱きしめた。
匂いも、髪の柔らかさも、昨日の女と同じ。
体は固くて、なにより
「胸がなくなった」
少し寂しそうに言ったユーリにフレンは苦笑する。
「やっぱり女の子がいい?」
「いや、お前がいい。」
はっきり、間も置かず。
「一緒に踊ったら結ばれるんだよな」
「踊ったっけ」
「くっついてただけか」
「ユーリがあんな風に人に触れるとは思わなかった。なんか恥ずかしい」
「お前だって確信したからだよ」
「どこで気付いたんだ?」
「最初から似すぎだろ」
「…そっか…」
「いやでも夢見せてもらった。やっぱかわいかった。」
「…それはどうも」
「あれ、ヤキモチか?自分にヤキモチ焼いてる?」
「焼いてない」
「心配しなくても男でもちゃんと愛してやるよ」
「なにそれ、ユーリキャラが違うよ」
二人はずっと抱き合ったまま、笑い合った。
わかった。
なんかよくわからねぇがこいつはフレンだ。
もうそういうことにした。
女だけどもうどうでもいい。
俺の第六感がそう言ってる。
そしてこの目の前にいる理想の女がフレンというのなら最早遠慮することはない。
ぎゅうっと抱きしめる手を強める。
「い、痛い…ユーリ…」
「ん~、あんたなら平気だろ」
「どういう…」
「まぁまぁ…」
右手でフレンの髪をかきあげる。
「髪ふわふわだなぁ」
あいつと同じ。
好きなところを全て残して性別だけ変えるとはやるなフレン。
唇を寄せてこめかみにキスをする。
ダンスの曲はだんだんムーディーなものになり、時間が遅くなるにつれ雰囲気も出て来る。
明かりも少なく薄暗い。
堂々とイチャイチャ出来るシチュエーションというわけだ。
だからユーリも遠慮なくちょっかいを出す。
一方フレンはこんな人前でベタベタしたがるユーリを見るのは初めてで、
どう反応すればいいのかわからなくなっていた。
この反応は…ユーリは僕のことそういう目で見てるのかな…
いっそこっちも思い切ってユーリに触れてしまおうか。
躊躇いながらユーリの背中に腕を回して距離を縮めてみた。
「…かわいいなぁ」
と小さく呟かれてまたユーリは大事そうに抱きしめ返した。
そうして恐らく下町で一番いちゃついた二人は時間も忘れて抱き合った。
カチン
と頭の中で時計が動いた。
はっとフレンは現実に引き戻されて顔を上げた。
近くにある時計を見た。
時間は日付が変わる10分前。
『0時になったら解けるから』
魔女の言葉が頭に響く。
フレンはこの幸せだった時間に別れを告げるように抱きしめる腕を強めた。
頬をユーリの肩に擦り寄せて、目を閉じる。
「…ユーリ…」
「ん?」
ユーリはそんなフレンの頭を優しく撫でる。
「…ユーリ…」
「だからなんだよ」
ユーリが苦笑する。
「…ユーリ」
「…どうした?」
心配そうに覗き込んだユーリにフレンは笑顔を見せた。
「お腹空いちゃった」
「…は?」
「何か買ってきてもらっていい?お腹空いて動けない」
「はぁ?おま…今そんなこと言うタイミングじゃ…」
「お願い」
そう微笑まれたら断るわけにもいかず。
ユーリは渋々買いに行く。
「ユーリ、好きだよ」
かかっているはずの音楽も人の話し声も、何もかも耳に入らなかった。
ただその言葉だけが真っ直ぐ響いた。
「行ってらっしゃい」
「…あぁ」
見送るフレンの顔から笑みが消える。
「…ありがとう、ユーリ」
フレンは静かにその場から離れた。

ここまで似ている人物がいるものだろうか。
顔、空気、味覚のズレたところまで。
違うのは本当に性別だけだ。
それなら疑わないわけがない。
こいつとあいつは同一人物なのではないかと。
「……」
「なに?」
女は睨み付けるような視線を送るユーリに怯むことなく笑顔で首を傾げた。
「…いや…そういやあんた名前はなんてーの?」
「え、名前?」
「そう、名前」
「……ダンス遅いね」
「あからさまにはぐらかすなよ」
「……………」
明らかに困っている。
「言えない理由でもあんのか?」
「…え…えと…」
嘘が苦手な奴なのだ。
…どっかの誰かは。
「まぁいいわ。それより始まるみたいだ」
ユーリが話を切り上げるとちょうど盛り上げ役の人が台の上に立ち何か叫んでは
回りの人々から拍手や笑いが起きていた。
「…言っとくけど俺踊りなんて全然だからな」
「え、それは…私も…」
「…まぁなるようになるだろ」
軽いなぁとフレンが苦笑すると漸く音楽がなりはじめた。
明るい曲で元気に踊る感じだ。
「うわ~…いきなり俺にあってねぇ~」
「あはは」と笑うフレンにユーリは目を薄めて引き寄せた。
「ま、こうして揺れときゃ踊ってる様に見えんだろ」
「っゆ、ユーリ…っ」
ぎゅうっと抱きしめる。
さりげなく彼女の胸を自分の体に密着させた。
…胸は…本物か…
ならこいつは本当にただフレンに似てるだけで別人か?
いやここまで似てる奴とかドッペルゲンガーでもなけりゃ有り得ない。
顔を寄せて首筋の匂いをかいだ。
「ひゃぁっ!?くすぐった…っ」
体を固めたフレンにユーリはくすりと態とらしく笑った。
「あ、嗅いだことある匂い」
「匂い?」
「…俺の知ってる奴と同じ匂いがするな、お前」
「……誰だろう?」
フレンは首を傾げた。
それは本気でわかっていない顔。
わかりやすく付け足す。
「騎士団のシャンプーだよな、これ。フレンの奴がよくこんな匂いしてる」
「えっ」
そういえば今日は鍛練で汗をかいたからシャワーを浴びてきたんだった。
ぐっと力を入れて体を離そうとするがユーリがより力を入れて拒む。
「何してんだよ?踊るんだろ?」
「…う…うん…」
ユーリは再び顔を髪に寄せ匂いを嗅ぐ。
「変だな、あんた騎士かなんかか?」
「え…いや…その…」
顔を真っ赤にしてしどろもどろになるフレンをからかうようなユーリに
回りからは「ユーリ手が早いぞ~」と声が飛んでいた。

自分は鈍感ではないと思う。
というかこんな瞳を向けられて気付かない奴はよっぽど鈍感。
この女は自分に惚れている。
それは確信に近いものだった。
ユーリは飲み物を買いに彼女の傍を離れた。
そして遠くから彼女を眺める。
やはり似ている。
顔はもちろんだが空気が、彼にすごく。
むしろ違うのは性別くらいだ。
普通ならそこが一番の違いなのだが。
「はい、コーヒーおまたせ」
とおばちゃんが二つのコップを手渡してくれた。
「サンキュ」と受け取る。
自分の体を不思議そうに眺めたりしている女にぼーっと見惚れて
ユーリの意識は少しどこかに行っていた。
「あっ違うよっユーリ」
「へ?」
おばちゃんに言われて振り返った。
「それレモン!ミルクこっちだよ」
セルフサービスの棚からミルクを取り出して見せる。
「あ…」
ユーリはコーヒーにレモンを入れてしまっていた。
「まったく、ほらもう一杯出してあげるから」
「いや、いいよ、俺が間違っただけだしミルク入れ直せばなんとか飲めんだろ」
大体ユーリの砂糖の量は半端じゃない。
味はごまかせるだろう。…変な味になるのは間違いなさそうだが。
そう言いながらふと悪戯を思い付いたユーリはそのコップを持って女のところに戻った。
「お待たせ」
と女にコーヒーを差し出す。
「ありがとう」
と女は受け取る。
女が受け取ったのはレモン入りのコーヒー。
女が一口飲む。
「なにこれ変な味がする!」と言ってきたらネタばらし、
自分が持っている普通のコーヒーと取り替えてやる、
というまるでカップルのいちゃいちゃした可愛い悪戯のつもりだったのだが。
「おいしいね」
と予想外の言葉をかけられてユーリは「は?」と間抜けな声を出してしまった。
「おいしい?」
「うん、おいしい」
「…ちょ、一口くれ」
「え?ユーリも持ってるのに…」
とか言ってる女のコーヒーを一口飲むと、
コーヒーの苦みの中に確かにレモンの酸味が入り混じり飲めなくはないが間違ってもうまくはない。
「……」
コーヒーを返すと女はごく普通にコーヒーを飲んでいる。
「…普段コーヒー飲まない人?」
「え?毎朝コーヒーだけど…」
「…へぇ…」
味覚レベルが誰かさんと同じだ。
そう、この女と瓜二つである誰かさんと。

フレンは立ち上がって距離を詰める。
「…ユーリと踊りたい…ダメかな…」
「い…いや…」
心臓の音が煩いくらい耳につく。
相手にも聞こえてるんじゃないかというほど。
自分はフレンにフラれて傷心の身だ。
そして今、そのフラれた相手に瓜二つの女に恋をして、心臓を高鳴らせている。
どこまでも、あいつのことばっかりだ。
あいつにはフラれているし、男同士、想いが成就する可能性は少ないだろう。
それなら、俺を誘ってくれるこの女なら…
ユーリは女の手を取った。
ゴミ集積場をあとにし、下町の広場に戻る。
女連れであるユーリを見て、下町の住人が冷やかしにやって来た。
「おいおいっユーリ女の子と一緒かよっ」
と近付いたおっさんはその女の顔を見て「なんだ」と呟いた。
「フレンか」
「!」
フレンはビクンと肩を揺らした。
ばれている!?
それならユーリは…
ちらりとユーリに視線を向けるとユーリは呆れた顔をしていた。
「よく見ろよ、おんな」
「え?あ、ホントだ、あまりに似てたんで気付かなかったよ」
「……」
フレンはばれてはいないようだとホッと肩を下ろした。
「それにしても似てるな、あ、フレンってのはこいつの親友でさ、こいつと違って品行方正な奴でさ」
とフレンにフレンの説明をしてくれた。
「あ、そうなんですか」
とフレンも何食わぬ顔で頷く。
「にしてもお前好みがわかりやすいったらねぇな」
とおっさんは笑った。
「うっせぇな、関係ねぇし、誘われたのは俺の方」
「他の女はこっぴどく振ってるらしいのにな」
にひひと笑い続けるおっさんにユーリは怒りで目を細めた。
「そう怖い顔すんなって!」
どうやら飲酒して酔っ払っているらしいおっさんはバシバシとユーリの肩を叩いた。
「こいつのことよろしくな、言葉遣いと目つきは悪いが根はいい奴なんだ」
「余計なお世話だっ」
ユーリがおっさんの頭をべしっと叩いた。
フレンはにっこり目を細めて、「そうですね」と笑った。
「でもユーリはすごく優しいよ」
とキラキラした瞳を向けられてユーリは怯んだ。
おっさんは恋をする瞳を目の当たりにして「ごちそうさん」と
最後にもう一度ユーリの背中をバシンと叩くと笑いながら立ち去って行った。

フレンは悩んでいた。
自分の姿を確認したのはあの魔女が取り出した鏡でだけだ。
もしもそこに写った虚像こそが魔法だったりしたら…。
一種の催眠効果で胸があるような錯覚を覚えているだけだったら…。
自分は今男のままで格好だけ女だったりするんじゃないかとか次から次へと心配事が出てくる。
本当に女になっているなんてとても信じられなくなってきてクレープ屋に向かうのもやめて
ゴミ集積場の傍でうずくまっていた。
ここなら誰も来ないだろうと。
このままここで日付が変わるまでじっとしていよう、
あぁ、でももし本当に女の子になっていたならユーリに…
言えない気持ちを打ち明けるチャンスなのに。
どうしようと頭を抱えていると、「どうしたんだ?」と声がして思わず固まった。
この声は……
「女がこんなトコで一人でいるの危ないと思うけど?」
ゆっくり腕の中から顔を上げると見慣れた足元が見えた。
黒い背景に同化するんじゃないかってほど全身真っ黒な出で立ち。
視線を上に上げていく。
想像通りの顔がそこにあった。
一方ユーリはその上げられた顔に息を呑んだ。
女だと思ったその人がフレンに見えたのだ。
瞳の色が、瓜二つだった。
彼と同じこんなに鮮やかで澄んだ青を持った人を、ユーリは見たことはない。
一目で落ちてしまった。
「…な、なにしてるんだ?こんな所で…迷子か?」
ユーリは激しく動揺しながらも平静を装った。
「え、あ、いや…まぁそんなトコ…」
フレンは顔を逸らして隠しながら言った。
「迷子なのか?だったら俺が連れてってやろうか?この辺詳しいけど」
「い、いや、いいっ大丈夫っ…です」
「そっか?」
よく見るとユーリの手にはゴミ袋が握られていた。
クレープ屋のゴミを捨てに来たのだろう。
迂闊だった。
屋台で働いていたのだからゴミを捨てにくることくらい簡単に想像出来ただろうに。
ユーリはそのゴミをゴミの山の中に置くと振り返る。
「大丈夫って…こんなところでうずくまってて大丈夫には見えねぇんだけど…」
「ほ、本当は迷子じゃないんだ…」
フレンは思う。
ユーリは自分を女だと思っている。
つまり、自分は本当に女になっているのだ。
今なら異性としてユーリに近付ける…。
勇気を出せば…ユーリと願った形でいられるかもしれない…。
フレンの手は震えていた。
「…ユーリ」
「ん?」
あれ、名乗ったっけ?とユーリが心の中で思う。
「ユーリに会いに来た、一緒に、ダンスを踊ってほしくて…」
フレンはじっとユーリを見詰める。
その熱い瞳にユーリはごくりと唾を飲み込んだ。

フレンは少し時間をおいて要約自分の置かれた立場を理解した。
「…よ、よくわからないけど…ありがとうと言うべきなんだ、よね?」
「なんなのあんたの反応。あんたが女になりたいって言うから私…」
「いや、ありがとう!すごい嬉しいよっうん」
悲しそうな顔をした女にフレンは慌ててお礼を言い直した。
「まぁいいわ。ところで注意事項があるから」
「え、あ、はい」
フレンは姿勢を正してその言葉を聞く。
騎士の職業病だ。
「この魔法0時になったら解けるの。あと2時間くらいね」
「あ、元に戻るんだ…」
フレンはここ数年で一番安心したと言っても過言ではなかった。
「ちゃんと女になりたいならそういう上級魔法もあるけど?」
「いえ、これで満足です」
キリッと言い返した。
「じゃあ私は行くわ」
怪しい魔女は片手を上げるとクルッと踵を返した。
「あ、あのっ」
最後にもう一度呼び止めて、「ありがとうっ」と叫んだ。
魔女は「べっ別にあんたのためにやったわけじゃないわよっ実験よ実験!」と言いながら走って逃げて行った。
彼女のことはなんだかよくわからないがとりあえずフレンはそんな成り行きで女になった。
そして、自分が女であったら絶対にするんだと決意していたことがあった。
ユーリに…想いを伝えたい…
フレンは愛しい人がいるクレープ屋の屋台へとゆっくり歩み出した。
『間もなく、メインイベントのダンスが始まります。皆様、相手の方と…』
ダンスの時間が近いアナウンスがされる。
すると皆どことなくそわそわしながら相手とその時間を待った。
「ユーリ、お疲れ様」
クレープ屋の女主人もユーリに労りの声を掛ける。
ダンスが始まるということで客足が途絶えたのだ。
「お?お~…」
気の抜けた声。
「最近毎日そんな調子ね。クレープの美味しさも半減だわ」
女性が溜め息を吐きながら腰に手を当てた。
「んなすぐ立ち直れるか」
「フラれたってやつ?でもはっきり言われたわけじゃないんでしょ?」
「俺に踊る相手が見つかったって喜んでそいつと幸せになれって言ったんだぞ!?
お世話にも脈ありなんて言えねぇだろ」
ボールの中の生クリームを適当にカシャカシャ混ぜながらユーリがはぶてる。
店長はそんな姿を見て逆とは思わないのかしら、と考える。
好きだから想いを伝えられないことだってあるはずだ。
何より自分がそうだったのではないのか。
そう思ったが口には出さなかった。
自分はこ男にフラれている。
応援してやる義理はない。
女性店長は何食わぬ顔で「残念ね」と呟いた。